
新製品ではありません。
初代YAMAHA THR5/THR10が登場したのは2011年。第2世代のTHR-IIが出たのも2019年です。
それでも、THRはたびたび語り直されます。
今回きっかけになったのは、ギタリスト/YouTuberのRickeyさんが公開した「【まじか】今までTHRアンプの使い方間違えてました…」という動画です。
Rickeyさんは、長年使ってきたTHR10IIを今でもベストだと評価していました。しかも内容は、定番機材を初心者へ紹介し直すだけではありません。
普段あまり使っていなかったHi Gainを選び、ギター側のボリュームを下げる。すると、歪みの量は落ちても、音の芯や太さ、弾いた時の反応は残る。長く使った一台の中に、まだ知らなかった音があったという話でした。
簡単に使えるのに、使い切った感じがしない。
THRが初心者から経験者まで広く愛される理由は、ここにある気がします。
この記事は、新たに実機を比較したレビューではありません。Rickeyさんの動画とヤマハの公式資料、公開されているレビューをもとに、THRという機材が何を変えたのかをRimoなりに観測します。
THRは、小さなステージアンプではなかった
練習用アンプは、長いあいだ大型ステージアンプの縮小版や、家で鳴らすための代用品になりがちでした。THR以前のすべてがそうだったわけではありませんが、練習用という言葉には、どこか格下の匂いがありました。
ヤマハがTHRで行ったのは、大型アンプをそのまま小さくすることではありません。
公式の開発史では、ステージ用ともリハーサル用とも異なる「第3のアンプ」として、家で弾く時間に必要なものを最初から組み直したと説明されています。
小さい音量でも弾き心地を失いにくいアンプモデリング。曲を一緒に鳴らせるHi-Fiオーディオ。エフェクト、チューナー、USB録音。机や棚に置ける大きさ。そして、部屋の中で片づけたくならない外観です。
これは、練習用アンプの高級版というより、練習のために独立して設計された機材でした。
練習は、本番の手前にあるだけではない
ギタリストがギターを弾く時間の大半は、ステージの上ではありません。
帰宅して少しだけ弾く。曲を流しながら耳で追う。昨日うまくいかなかった一節を繰り返す。思いついたリフを録る。音を出すつもりはなかったのに、目に入ったギターを手に取る。
そこで過ごす時間は、ライブのための準備でもあります。
でも、それだけではありません。
誰にも見せずに弾いている時間そのものが、ギターを続ける理由になっていることがあります。上達を測らなくても、曲を完成させなくても、その日の音が少し良ければ、それで成立する時間があります。
THRは、そこを端の用途として扱いませんでした。
家で弾くことを、ステージの縮小版ではなく、一つの完成した演奏環境として扱った。
だからTHRは、練習機材でありながら、ギタリストの真ん中にいます。
初心者にやさしい。でも、初心者用では終わらない
動画で使われているTHR10IIの操作は、見ればだいたい分かります。
アンプタイプを選び、Gain、Master、Bass、Middle、Trebleを動かす。必要ならエフェクトとリバーブを足す。本体だけでも音作りの流れが見えます。
初めてアンプを買う人にとって、この分かりやすさは大きいはずです。
アプリを開き、クラウドからプリセットを探し、信号経路を組んでからでないと良い音が出ない機材ではありません。ギターをつないで、ノブを回せば音が変わる。その入口は、昔ながらのアンプに近いままです。
一方で、分かりやすいことと、浅いことは同じではありません。
今回の動画では、Hi Gainを単に激しく歪ませる設定として使うのではなく、ギター側のボリュームを絞り、太さや反応を残したまま歪みをほどいていました。クリーン、クランチ、リードを順番に選ぶだけでは見えなかった使い方です。
ギター・マガジンWEBでも、Suspended 4thの鷲山和希さんが、THR10Cを使って真空管アンプの良さを引き出す弾き方を学んだと話しています。
初心者は、迷わず音を出せる。
経験者は、ピッキング、ギター側のボリューム、アンプモデルの反応から、さらに奥へ入れる。
裾野が広い機材は、全員へ同じ簡単さを渡す機材ではありません。入ったばかりの人には入口が見え、長く弾いてきた人には、その先が残っている機材です。
THRは、そこを外していません。
音の良さと、音を出したくなることは別ではない
THRのデザインは、音とは別の飾りではありません。
金属のグリル。横長の筐体。上面に並んだ物理ノブ。電源を入れると、内部で真空管のような光が灯る。レトロなアンプを思わせますが、昔の製品をそのまま小さくした形でもありません。
初代THRは、グッドデザイン賞、Red Dot、iF Design Awardを受賞しました。第2世代もRed DotとiF Design Awardに選ばれています。
ただ、受賞歴より大切なのは、そのデザインが使い方を変えることです。
練習用アンプは、使わない時に邪魔になりやすい機材です。床の隅へ移す。ケーブルを抜く。棚へしまう。一度片づけると、次に弾くまでの動作が一つずつ増えます。
THRは、机や棚、リビングに出したままでも成立します。見た目の良さは、所有欲を満たすだけではありません。機材を生活から退場させず、電源を入れてギターを弾くまでの摩擦を減らします。
音の良さと、音を出したくなること。
THRでは、その二つが同じ設計の中にあります。
万人向けなのではなく、共通する中心を捉えた
初心者にも、経験者にも勧めやすい。
家練と小音量を前提にするなら、音作りを深く知る人にも、最初の一台を探す人にも間違いが少ない。
そう聞くと、THRは特徴を平均化した万人向け製品に見えるかもしれません。
でも、実際は逆だと思います。
ヤマハが広く狙ったのは、人の属性ではありません。
家でも良い音で弾きたい。準備に時間を取られたくない。曲と一緒に鳴らしたい。小さい音でも、弾いた手応えがほしい。使わない時間も、部屋に置いておけるものがいい。
初心者か、経験者かにかかわらず、多くのギタリストが持っている中心です。
THRは、全員に少しずつ合わせたのではなく、その共通する中心へ深く合わせた。結果として、裾野が広くなった。
家で弾く時間を軽く扱わない。そこへ焦点を定めたから、ガチにも、初見にも届くヒット作になったのだと思います。
もちろん、THRだけで全部は終わらない
THRが間違いの少ない機材でも、すべての用途に最適という意味ではありません。
バンドの中で大音量を出したい。大型キャビネットが押し返す空気を身体で受けたい。複雑なペダルボードや外部機材を自由にルーティングしたい。ステージで足元から細かく切り替えたい。
そういう用途では、別のアンプやモデラーが必要です。
THRの強さは、一台であらゆる専門機材を置き換えることではありません。
家でギターを弾くという、広く、長く、見落とされやすかった時間に対して、音、操作、機能、外観を一つの答えへまとめたことです。
Rimo Blogでは以前、小型ギターアンプは、もう練習用で片づけられないという流れを、AIやNAM対応の新しい機材から観測しました。
その流れを遡ると、THRが見えてきます。
新しい技術を全部載せたからではありません。練習用という用途を、妥協ではなく、一つの独立した設計課題として扱ったからです。
定番は、変わらないものではない
今回の動画で面白かったのは、THRの新機能ではありませんでした。
長く使ってきた人が、いつもと違うアンプタイプを選び、ギター側のボリュームを触ったことで、同じ一台をもう一度発見したことです。
定番機材は、答えが固定された機材ではないのかもしれません。
初めて触る人を拒まず、慣れた人にも小さな発見を残す。音の機材であり、部屋に置かれる物でもある。デジタルでありながら、ノブを回し、手元のボリュームへ返ってくる。
それぞれは少しずつ違うのに、一台の中で破綻せずに収まっています。
THRが今も愛されるのは、小さなアンプとして完成しているからだけではありません。
ギタリストが家で過ごす、名前のつきにくい時間を、最初から本編として扱ったからだと思います。
練習用でありながら、代用品ではない。
THRは、そこに一つの居場所を作った機材です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、Love Guitar!



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